大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)523号 判決

控訴人

甲野花子

〈外二名〉

右三名訴訟代理人

加藤勝三

被控訴人

学校法人学習院

右代表者理事

櫻井和市

右訴訟代理人

栄木忠常

〈外三名〉

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人花子が、昭和四三年四月学習院高等科の第三学年に進級し、翌昭和四四年一月学習院大学経済学部経済学科への入学の推薦を受け、その後同学科への入学を許可され、同年三月四日同学科への入学許可証の交付を受けたが、被控訴人は、同月一九日右入学推薦を取消す決定をし、担任教諭を通じてその旨を通知するとともに右入学許可を取消し、同年四月八日到達の郵便で控訴人花子に入学取消しを通知したことは当事者間に争いがなく、右入学推薦取消しおよび入学許可取消しは、それぞれ被控訴人の被用者である学習院高等科長浅沼早苗、同大学経済学部長北山富久二郎が行つたものであることは、被控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものと看做すべきである。

二被控訴人学習院の高等科から大学への進学については、高等科で大学進学者の推薦を行い、これに基づいて大学が入学を許可する制度をとつていたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉に、右争いのない事実を総合すると、

(一)  高等科から大学への進学については、従来高等科と大学との間に協議により、高等科第三学年第一、第二、第三学期の学業成績が平均六〇点以上であること、高等科が二回実施する実力考査の成績が平均四〇点以上であること、大学側で実施する外国語試験の成績が一定水準以上であること、を内容とする推薦基準を設け、高等科全教員をもつて組織する推薦会議において推薦者を定めたうえ大学側と話合つて大学入学者を決定していたこと、

(二)  しかし、右基準による推薦方法によると、第三学期の成績が判明する二月下旬に至るまで推薦者が定まらないうえ、入学試験を受けて入学する他高校卒業者との学力差も生ずるとして、昭和三七年五月三〇日に開かれた学習院長の諮問機関である学習院審議会の分科会、進学特別委員会大学短大高等科分科会(通称進学選考委員会、大学各部長、短大学長、高等科長、教授、教員によつて構成される。)の席上、大学側委員から推薦時期を一二月末頃として欲しいことなどが提案され、協議の結果、推薦時期を一月末に繰上げ、同時期に推薦を内定した者であつても第三学期の成績如何によつては再考する余地を残すことを前提として、新たな進学推薦基準として(1)高等科第三学年の学業成績が平均六〇点以上であること、(2)欠点課目(四九点以下の課目、ただし三九点以下の場合は一課目を二と数える)が二以下であること、(3)高等科が第三学年の九月と一月に実施する実力考査の成績が平均四〇点以上であること、(4)大学で実施する外国語試験の成績が一定水準以上であること、(5)大学各学部より指定された指定課目の成績が一定水準以上であること、(6)操行が不可でないこと、を定め、これを昭和四一年四月の大学進学者から適用することに決定し、これを受けて、昭和四〇年三月一〇日学習院審議会において可決したうえ院長に答申し、院長の承認を得たこと、

(三)  高等科においては、右新基準に基づく推薦進学制度運用の円滑を図るため、昭和四一年一月二七日全教員によつて推薦会議を開催し、従前の取扱によれば第三学年第三学期の成績をも含めて学年成績を評価し得たのに、推薦時期の繰上げに伴い、第三学期の成績が考慮されないこととなつては、第一・第二学期の成績が不良のため当初から推薦を受けられなかつた者と、推薦は受けられたものの第三学期の成績が著しく不良で推薦基準に達しないと評価されるに至つた者との間の権衡を失することになるので、推薦基準運用の方法として、推薦は、第一・第二学期の学業成績および前記基準(2)ないし(6)によつて内定するが、最終決定は第三学期終了後とすること、第三学期の学業成績が前記基準に達しない者は内定した推薦を取消すことができるものとすること、ただし第三学期の平均成績が六〇点に達しなくても、五五点以上の者は事実上合格者として扱うこと、高等科内部の整理の都合上推薦内定者をA、B、Cの三段階に格付けして区分すること、等の推薦内規を定め、前記進学選考委員会の了承をも得て推薦に関する事項を取扱うことにし、生徒に対しては勿論父母会等の席上を利用して機会ある毎に生徒および父兄にこの趣旨の周知徹底に努めてきたこと

の各事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

三(一) 控訴人花子の第三学年の学業成績が、第一学期平均七〇点、第二学期平均七二点、第三学期平均五四点であることは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、控訴人花子は第三学期の学業成績が右のように平均五四点であつたばかりでなく、数学=四八点、物理三六点、化学四〇点、英語三七点であつて、前認定の推薦基準に定める欠点課目数が六となり、大学進学に際して重要視される英語も欠点二となつて、著しく不良な成績であり、推薦される資格を有しないこととなつたたため、昭和四四年三月一九日に開かれた高等科の推薦会議において、右推薦基準をはるかに下まわるものとして、内定していた推薦を取消すことを決定されるに至つた事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

してみれば、控訴人花子の学業成績は、被控訴人の定めた推薦基準に該当しないことが明らかであるから、推薦を取消した高等科長の措置に違法はない。

(二) 控訴人らは、被控訴人のした進学推薦基準の制定手続が違法である旨主張するが、前認定のとおり、右基準は前認定の経過で学習院審議会において決議されたうえ学習院長の承認を得て定められたものであり、高等科の内規も、右基準の範囲内でその具体的運用について定めたものに過ぎないものであるから、いずれも正当な手続によつて制定された有効のものというべく、この点についての控訴人らの主張は採用できない。

(三) 控訴人らは更に、一貫教育を目的とする学習院高等科から同大学に対する進学推薦は、推薦基準該当事実の存否を報告するに過ぎないものであつて、高等科長に推薦ないし取消しについての裁量権はない、また一貫教育の理念からみても控訴人花子の第三学期の成績が所定点数に僅か不足したことを理由として大学進学の道を閉ざすことは許されない旨主張し、被控訴人が幼稚園から大学までの一貫教育を理念としていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、一貫教育を理念とする学校であるからといつて、初級部門の入学者を当然に各上級部門に進学させるかどうか、いかなる部門の進学者をどのような方法で選抜決定するか等は、もつぱら当該学校の自治に委ねられ、それが教育基本法ないしは学校教育法に違背し、或いは教育の本旨を逸脱して社会的に著しく不公正、不当のものと認められない限り、当該学校が自由に決し得るところであり、その手段として、一定の基準を設けてこの基準に基づき、推薦による入学を許可することとし、その推薦の権限を一定の機関に委ねるものとすることも当然許容されるべきものと解され、被控訴人が高等科から大学への進学に関し、高等科に推薦の権限を与え、高等科長が予め定められている進学推薦基準に基づき、推薦会議において右基準に合致するかどうかを審議したうえで推薦者を定め、或いは内定した推薦を取消し得るものと定めたことは前認定のとおりであるから、高等科長に推薦またはその取消しの権限のあることは明らかであり、控訴人花子の第三学期の成績は前認定のとおり著しく不良であつたといわざるを得ないから、同人に対し推薦による被控訴人大学への進学を拒んだからといつてこれを違法視することはできない。

(四) 控訴人らは、第三学期の授業日数が少ないことから、第三学期の成績によつて一たん内定した推薦を取消すことは不合理であり、また第三学期の成績を第一、第二学期の成績と対等に評価することは基準に定められていないし、仮りに定められていたとしても不合理であるから許されない、と主張している。

〈証拠〉を総合すると、控訴人花子が在学していた当時の学習院高等科においては、第三学年第三学期は、第一、第二学期よりは短いが、昭和四四年一月八日から三月三一日までの期間中、授業日数は試験の日を含めて三五日間であつて、その間学習院大学に進学しないで他大学を受験する者の出席は強制しないが、推薦によつて学習院大学に進学する者については、一貫教育を指導理念とする被控訴人の方針により、大学受験により生ずる弊害を防ぎ、第三学期も十分な授業を行つて大学進学に備える力をつけさせることを主眼としており、前認定の進学推薦基準や高等科における推薦制度の運用もすべてこの趣旨に則つて行われ、第三学期の重要性を自覚し、科長はじめ教員がつねづね第三学期の重要性を生徒、父母に強調し、教員もこの趣旨にそつて授業を担当していたこと、第三学期の学課目中化学については担当の手塚教諭が生徒の平常の授業態度を評価して採点し特別の試験は行わなかつたこと、その他の教課も殆ど休講などはなく大学進学に備えた授業を行つたこと、の各事実を認めることがきで、これを覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人高等科は、第三学期についても、これを重視して充実した授業を行う方針をとつており、これを他の二学期と同等に重要視することをもつて違法とすべき理由はなく、また教師が自己の担当課目について、いかなる方法で生徒の成績を評価するかは、それが著しく不公正、不当のものでない限り、もつぱら教育的見地からなす教師の自由な判断によるべきものと解されるから、第三学期の成績を重視する前提で制定された被控訴人の進学推薦基準およびこれに基づく高等科の推薦内規に不合理性はない。

そして、右推薦内規が基準の範囲内で第三学期の成績を、第一、第二学期と別箇に評価することをも定めたものであることおよびその理由については既に認定したところであり、被控訴人のとる教育方針からみて妥当なものと是認し得るから、この点についての控訴人らの主張も採用することができない。

(五) 控訴人らはまた、大学進学推薦は、その年の一月中になされ、大学はその結果をみて他高校からの入学者数を決定するのであり、この決定後に推薦を取消すことによつて大学進学者数を減少させる結果を生じさせることは、推薦制度の仕組みを無視するものであるから特別の場合のほかは許されない、旨主張する。

しかしながら、推薦制度そのものが、被控訴人の一貫教育の理念達成のため、大学受験による弊害を防ぎ、学力の充実を図ることを目的として運用され、この故に第三学期の成績を重視して評価するものとされている以上、推薦取消しによつて大学が予定の入学者数を獲得できない結果が生じたとしてもやむを得ないことであり、それは被控訴人自らの責任において解決されるべき事柄であつて、このような技術的な問題のために推薦取消しを許さないとすることは、かえつてこの制度の趣旨を没却するものであり、到底この主張を採用することはできない。

(六) 高等科から大学への進学推薦の取消しが、第三学期終了後になされることは当事者間に争いがない。そして推薦取消し制度が、被控訴人の所期する一貫教育の理念から出たものであり、後に認定するように、第三学期の成績が悪ければ内定した推薦が取消されることもあり得ることを生徒、父母も十分承知のうえで推薦制度による学習院大学への進学を希望しているのであるから、第三学期の成績不良のために推薦が取消され、その結果仮りに時期的に他の大学を受験できなくなつたとしても、その故に推薦取消しの違法事由とはなし得ないから、推薦取消し時期の違法を主張する控訴人らの見解も採用することはできない。

(七) 〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、控訴人花子が高等科第三学年に進級した後

1 第三学年の生徒の父母に対して

(1) 昭和四三年五月一七日父母会を開き、そこに出席した父母に、「学習院大学進学推薦資料」と題するプリントを配付し、浅沼高等科長および貝原教務課長がそれぞれ大学進学推薦に関する説明を行い、特に教務課長は、第一・第二学期の成績と、二回の実力考査および外国語試験の成績が推薦基準をみたせば一応推薦進学予定者となるが、最終的には第三学期の成績をも加えて推薦を決定する旨を説明したこと、

(2) 昭和四三年一二月二三日の父母会において、出席した父母に、第三学期の日程と、「進学の最終決定は、三月末の学年成績を以つてします」という注意事項の記載された高等科長から父母宛のプリントを配布し、浅沼高等科長が、第三学期の成績が悪いと推薦を取り消す旨の説明を行つたこと、

(3) 昭和四四年二月一日の父母会において、教務課長が同様の趣旨を説明したこと、

そして右三回の父母会には、いずれも控訴人花子の母である控訴人友子が出席したこと、

2 第三学年の生徒に対して

(1) 第三学年最初のガイダンスで、高等科の教務課長、生徒課長が昭和四三年五月一七日父母会においてした説明と同趣旨の説明を行つたこと、

(2) 昭和四四年一月八日第三学期の始業式終了後のホームルームの席上、各クラス担任教諭から第三学期の成績が悪ければ推薦予定者の推薦を取消すこともある旨警告し、控訴人花子の担任である鈴木勇作教諭も同日同旨の説明を行い、その後も度々授業時間等に同様の注意をしていたこと、

(3) 同年一月三一日朝三年生全員を合併教室に集め、教務課長および生徒課長らが、第三学期の成績が推薦基準に達せず、或いは操行不良等のことがあれば推薦を取り消す旨説明したこと、以上の各事実を認めることができる。

してみれば、大学進学推薦の最終決定は、第三学期の成績をも考慮してなされ、その成績が悪ければ内定した推薦が取消されることがあるということは、事前に控訴人らはじめ第三学年の生徒およびその父母に十分告知されていたものというべきであり、この点に関する控訴人らの主張も理由がない。

四したがつて、控訴人花子についてなされた推薦取消しには何らの違法がなく、これを前提とする不法行為の主張は理由がない。

五控訴人らは、推薦取消しが違法でないとしても、大学のした入学許可取消しは違法である旨主張する。

しかし、大学への進学が高等科からの推薦によつて行われ、大学が高等科の推薦に基づき入学を許可するものである以上、推薦権者である高等科長が適法に推薦を取り消せば、大学がこれに基づいてした入学許可を取消すのは当然であつて、これが大学の独自性を損うものでないことはいうまでもなく、既に説示したところからも明らかなように、控訴人花子に対する推薦取消しは適法に行われたものであるから、大学のした入学許可の取消しもまた何ら違法ということはできない。また、それが被控訴人の一貫教育の理念に何ら反するものでもなく、第三学期終了後になされたからといつてこれを違法とするに該らないことも、前に説示したところに照して明らかといわなければならない。

したがつて、大学の入学許可取消しの違法を前提とした不法行為の主張も理由がない。

六以上のとおり、控訴人花子に対してなした推薦取消し、入学許可取消しが不法行為に該当するという控訴人らの主張はいずれもこれを認めることができないから、これを前提とした控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものとしてこれを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴はすべて理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条により本件各控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(江尻美雄一 滝田薫 櫻井敏雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例